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2012年09月25日

【知識】KEKとアステラス製薬 「顧みられない熱帯病」治療のための創薬共同研究

高エネルギー加速器研究機構(以下:KEK)とアステラス製薬は、KEKの放射光(※1)施設を利用した「顧みられない熱帯病(※2)」の治療に向けた創薬の共同研究提携について契約締結した。

「顧みられない熱帯病」は、熱帯地域を中心に蔓延している寄生虫や細菌による感染症で、貧困層を中心に世界で約10億人が感染し、毎年50万人が死亡している。これらは地球規模での保健医療問題として位置づけられ、国家間を超えた取り組みが行われている。

一方、タンパク質の立体構造を基にした薬物設計は、新薬開発における有用な手段として、近年急速に進展している。これは標的となるタンパク質に対し、あらゆる化合物との複合体の構造を解析、比較することで、タンパク質の活性を阻害(または促進)する仕組みを総括的に理解し、薬物を設計する方法で、KEKとアステラス製薬は、2006年から放射光を用いた創薬の研究を進めている。KEKの放射光は、高強度・高エネルギーという特性を持つため、通常のX線結晶構造解析では困難な微小結晶での解析実験や、膨大な時間を要するデータ測定を極めて短時間で収集できる。

今回共同で実施する研究の対象は、寄生原虫による感染症であるリーシュマニア症(※3)、シャーガス病(※4)、アフリカ睡眠病(※5)で、大きく二段階に分けて研究を進める。第一段階は、治療薬の標的となり得る寄生原虫タンパク質の三次元構造の解明を行います。これにより、疾患を引き起こす原因となるタンパク質の働きを妨げる阻害化合物を選定する。第二段階は、標的タンパク質と阻害化合物との複合体の構造解析を行う。これらにはKEKで開発されてきたタンパク質の結晶化ロボット、タンパク質結晶構造解析専用のビームライン(※6)が活用され、短期間かつ効率的に構造解析がなされる。


※1 放射光
光速に近いスピードに加速された電子に磁場をかけ、電子の進行方向を曲げた時に発生する赤外線からX線に至る幅広いエネルギー(波長)を持つ光。その中で、波長の短い光である極紫外線や軟X線、X線は、物質に当てて反射させたり透過させたりすることで、物質を構成する分子や原子の配列や電子の振舞いを調べることができる。このような特徴を持つ放射光は物質科学、生命科学の研究に幅広く用いられている

※2 顧みられない熱帯病
主に開発途上国の熱帯地域、貧困層を中心に蔓延している寄生虫、細菌感染症のことで、WHOで焦点を当てている17の疾患群(*)において、世界で10億人以上が感染していると言われている。いまだ安価で安全な治療薬を入手できないために、人々の生命を脅かす健康問題にとどまらず、経済活動の足かせ・貧困の原因にもなっている

*17の疾患群
住血吸虫症、デング熱、狂犬病、トラコーマ、ブルーリ潰瘍、トレポネーマ感染症、ハンセン病、シャーガス病、睡眠病、リーシュマニア症、嚢尾虫症、ギニア虫感染症、包虫症、食物媒介吸虫類感染症、リンパ系フィラリア症、河盲症、土壌伝播寄生虫症

※3 リーシュマニア症
98か国で発症が認められ、世界で3億5千万人の人々が感染のリスクにさらされている。感染源となる寄生虫はリーシュマニア原虫といい、サシチョウバエが媒介する。リーシュマニア症は貧困関連疾患であり、いくつかの異なる種類がある。内臓リーシュマニア症は治療をしなければ命にかかわるものだが、最も一般的な種類は、皮膚リーシュマニア症である

※4 シャーガス病(アメリカトリパノソーマ症)
ラテンアメリカ地域21か国でみられる風土病で、この地域ではマラリアなどのその他の寄生虫疾患よりも多くの人の命を奪っている。世界的には1億人の人々が感染のリスクにさられており、本来発症がみられなかったアメリカ合衆国やオーストラリア、ヨーロッパの一部の国々における患者数が増加している。この病気はサシガメ科の昆虫が媒介し、治療しなければ命にかかわる可能性もある

※5 アフリカ睡眠病(ヒトアフリカトリパノソーマ症またはHAT)
サハラ砂漠以南の国々における風土病であり、何百万もの人々が感染の危険にさらされている。この病気はツェツェバエにかまれることで感染する。初期段階で治療しないと全身症状が発現し、さらに第2段階に進行して精神的衰弱が誘発され、6か月から3年の間に高い頻度で死に至る可能性がある。現在ある治療法には毒性や薬剤投与の困難さ、重大な副作用などの問題がある。この疾患は、治療せずに放置されれば、通常死に至る

※6 ビームライン
放射光を取り出し、各実験装置まで導く装置群。ビームラインには、光を成形する「スリット」、集光する「ミラー」、特定の波長(エネルギー)を取り出す「分光器」などの装置が配置されている

※ 製品名および会社名は、各社の商標または登録商標です

投稿者:gotsuat 09:40| 知識