【特集】アップルコンピュータTOPに戻る
  
   

1976

 

スティーブ・ジョブズはアタリに、スティーブ・ウォズニアックはヒューレット・パッカード(HP)に在籍。2人が企画したアタリ用ブロック崩しゲーム「ブレイクアウト」は、後に大ヒットとなる。
 
           3月 ウォズニアックがモステクノロジー社のCPU「6502」を用いたマシンを開発。
 
4月 ジョブズとウォズニアックが「アップルコンピュータ」を設立。「Apple T」キットを開発。

「Apple U」のプロトタイプが完成。二人は「パーソナル・コンピュータ」のアイデアをアタリ、HPに売り込むが、ともに断られる。

1977 1月 アップルコンピュータが正式に登記され、活動を開始する。
 
4月 サンフランシスコで開催されたコンピュータ・フェアにて、世界初のパーソナル・コンピュータ「Apple U」を発表。コンパクトな筐体、グラフィック機能、BASICなどで注目を集める。$1,298。

アップルのロゴがデザインされる。

日本でもApple Uが輸入され、マニアの人気を集める。国産品では日本電気(NEC)のマイコン・キット「TK-80」(76年)が出回っていた。
 

1978 3月 世界初の小型フロッピーディスク・ドライブ「DiskU」がApple U用に開発・発売される。

創立から2年間で売上は10倍。
 

1979 10月 パーソナルソフトウェア社が、AppleU向けに世界初のパーソナル・コンピュータ向け表計算ソフト「VisiCalc」を発売。パソコンの実用性を高める。

日本国内ではNECが「NEC PC‐8001」シャープが「MZ‐80」を発売。

従業員数は250人。
 

1980 ゼロックスのパロアルト研究所(PARC)で「star」システムが開発される。アイコンを採用したGUIは、後にMac OS,Windowsなどに受け継がれる。
 
5月 「AppleV」($3,495)を発表。処理速度が大幅に向上され、ハードディスクを内蔵。
 
6月 株式公開。従業員が1000人を超える。
 

1981 2月 ウォズニアックの自家用飛行機が墜落するも、一命を取り留める
 
8月 IBMが「IBM-PC」でパソコン市場に参入。これに対して、アップルが、ウォールストリート・ジャーナル紙に「ようこそIBM」の全面広告を掲載。

Apple Uの販売台数が30万台を超える。従業員は約2500人。

マイクロソフトが法人として立ち上がる。
 

1982 1月 アップルとマイクロソフトが提携。Macintosh用ソフトの開発に合意。
 
8月 IBM‐PCが1年で20万台の出荷。

日本ではNECが「PC‐9801」シャープが「X‐1」富士通が「FM‐7」を発売。
 

1983 1月 初のGUIマシン「Lisa」を発表。モトローラの「68000」プロセッサ、モノクロディスプレイを搭載。$9,995
 
4月 ジョブズがペプシコーラ社長のジョン・スカリーを社長としてスカウト。
 
6月 アップルコンピュータジャパン株式会社を設立(後にアップルコンピュータ株式会社と社名変更)
 
11月 ビジネス用統合ソフト「Apple Works」を発売。当時としては売り上げ本数世界一のソフトになる。
 
マイクロソフトがOS「Microsoft Windows」を発表。
 

1984 1月 リドリー・スコット監督によるCM「1984」を放映する。IBMを揶揄した内容。

「Macintosh(128K)」を発表する。Lisaを小型化、簡素化し価格を大幅に下げる。
 
4月 売上不振の為、AppleVの生産を中止。
 
9月 「Macintosh512K」(通称FatMac、$3,195)を発表。
 
12月 「AppleU」の販売台数が100万台に達する。
 

1985 1月 世界初のパソコン用レーザープリンタ「Laser Writer」を発売。同年7月に「Aldus Page Maker」が発売され、DTPマシンとしての地位を築くことに。
 
2月 ウォズニアックが数名の技術者を引き連れ、アップル社を退社。ホームビデオ機器関連の会社を起こす。
 
3月 従業員数が5700人に達する。

主力の3工場を一時操業停止。創業以来初めての不況対策に「アップル神話崩壊」の声が。
 
5月 売上不振で「Lisa(MacintoshXLに改名)」の生産を中止。
 
6月 大幅な人事刷新、組織替えにより、会長ジョブズが一線より退く。全従業員の2割にあたる1200人をレイオフ(一時解雇)、3工場閉鎖。ゼネラル・エレクトリックなどによる買収の噂が流れる。

四半期決算で初めて赤字を計上。
 
8月 日本ではキヤノン販売が独自日本語処理機能を加えた「ダイナマック」を販売。国内市場でのMacintosh不振への打開策。
 
9月 ジョブズが会長を辞任、5人の役員を引き連れアップルを退社。新会社「ネクスト」設立へ。
 
10月 日本ではエルゴソフトが日本語処理機能つきのワープロ「EG Word」をMacintosh向けに発売。日本市場での競争力が向上。
 

1986 1月 「Macintosh Plus」を発売。1MBの内部記憶容量、SCSIポートの標準装備。ビジネス市場でIBM に遅れを取ったアップルの巻き返し策。

リストラが功を奏し、収益が大幅増。
 
4月 ディーラの数を2600店から2000店に削減。

日本語システム「漢字Talk1.0」を発表。

アップルジャパンがMacintosh Plusなどの主力商品を大幅値下げ。国産パソコンに対抗できる価格競争力をもつ。
 

1987 3月 「Macintosh U」「Macintosh SE」を発売。Macintosh Uは初のカラー対応。SEはハードディスクを内蔵。
 
8月 「HyperCard」を発表。マルチタスクを実現。
 
12月 Macintoshシリーズが好評、87年も売上高が伸びる。
 

1988 3月 極秘資料(未発表ラップトップ型パソコンの情報)が漏洩するという事件が起こる。

MacintoshシリーズのGUI製作ソフトの著作権を侵害したとして、マイクロソフトとHPを訴える。結局、訴えは認められず。

内部組織をアップル・USA、ヨーロッパ、太平洋、プロダクトの4部門に分割する。
 
9月 「Macintosh llx」発売。初の68030MPU搭載マシン。
 

1989 1月 「MacintoshSE/30」を発表。ステレオサウンド出力。$4,369.
 
9月 TFT液晶ディスプレイを搭載した携帯型マシン「Macintosh Portable」を発表。$6,500.
 
12月 ゼロックスがMacintoshとLisaのGUIは著作権侵害にあたるとして訴訟を起こす。結局、訴えは認められず。
 

1990 3月 プロダクト部門長だったジャン=ルイ・ガセーが退社。Be社を設立へ。
 
7月 Macintosh開発者、ビル・アトキンスン、アンディ・ハーツフェルドらがジェネラルマジック社を設立。
 
10月 「Macintosh Classic」「LC」「llsi」の低価格機を一斉に発表。
他社の廉価マシンに対抗。

ノート型マシン「Power Book」シリーズを発表。発売3ヶ月で10万台を売り上げる。

マイクロソフトが「Windows3.0」を発表。
 

1991 5月 新OS「System7」を発表。同時に発表したQuickTimeは、マルチメディア技術の標準になる。
 
6月 Macintoshの売り上げ悪化に伴い全従業員の1割にあたる900人をレイオフ。
 
7月 IBMと業務提携。モトローラも加わり、新型MPUの開発などに着手。
 
11月 ソニーがジェネラル・マジックに出資、AV機能を充実させた次世代端末の開発に着手。

世界のパソコン市場で、アップルのシェアがIBMを抜き、トップになったと民間調査機関が発表。
 

1992 3月 シャープと提携。同社の小型化技術を生かし、PDAの開発に着手。
 
10月 急成長のコンパックに対抗し、主力機種を値下げ。

コンシューマ市場に「Performa」シリーズを投入。「Duo」システムを発表。
 

1993 2月 MACWORLD Expo東京で、「Macintosh ColorClassic」「Centris610/650」など数製品を一斉に発表。

Macintoshの累計販売台数が1000万台を突破。
 
7月 大規模なリストラ策を発表。従業員2500人をレイオフ。
 
9月 PDA(携帯情報ツール)「NewtonMessagepad」を発表。ペン入力タイプ、通信機能も搭載。
 
10月 スカリー会長、業績不振の責任を取り退任。後任はマイケル・スピンドラー。

音声認識機能を搭載した「Centris660AV」などを発表。

TVチューナーを搭載した「MacintoshTV]を発売。黒いボディが話題となるが、すぐに生産中止。
 
11月 IBM,モトローラとの共同開発MPU[PowerPC630」を初出荷。IBM互換機を発売すると発表。
 

1994 1月 業績好調。四半期の歳入がアップル史上最高を記録する。
 
2月 「LC575」などの廉価マシンを発表。
 
3月 PowerPC搭載マシン「PowerMacintosh6100/60,7100/66」などを発表。

日本市場においてMacintoshの販売台数が100万台に達する。
 
7月 「System7.5」を発表。
 
9月 MacOSのライセンス供与を開始。
 
12月 欠陥を理由にIBMが「Pentium」搭載マシンの出荷を停止。 
 

1995 1月 QuickTimeVRを発表。デスクトップ・バーチャルリアリティを実現

「松下電器産業、フィリップス、オラクルがアップル買収を検討している」と米業界誌が報道。

PowerMacintoshの販売台数が100万台に達する。
 
2月 パイオニアがMacOSのライセンスを取得。4月より、互換機を発売。
 
6月 IBMがPowerPC搭載マシンを発売。
 
9月 マイクロソフトが「Windows95」を発売。
 
11月 「OpenDoc」を発表。

「HPがアップル買収に動いているらしい」などの報道により、株価が上昇。
 

1996 1月 買収報道に対して、ユーザー向けの否定全面広告を米紙に掲載
 
6月 社長兼CEO、スピンドラー退任、後任にギルバート・アメリオ。
 
10月 アキアがMacOSのライセンスを取得。12月より互換機を発売。
 
12月 ネクストソフトウェア社を買収。ジョブズがアドバイザーとして復帰
 

1997 3月 全従業員の30%以上にあたる4100人をレイオフ。OpenDocの開発などの事業を凍結。
 

1998 5月 マルチメディア技術のクリエイトとブラウズに欠かせないツールQuickTime3.0の日本語版を出荷。MacintoshをはじめWindows95やNTにも対応。
 
8月 「iMac」を発売。

iMacはこの秋、初級及び中級のパソコンシステムを抑え、三カ月連続でデスクトップ・コンピュータ・スーパーストアでの売り上げトップを記録。

6週間で27万8000ユニットが出荷されたiMacは、今までのアップルの歴史上最もよく売れたコンピュータ。
 
9月 「iMac to go」(持ち運べるiMac)がコンセプトのコンシューマ向けノートブック「iBook(アイブック)」の販売に関して、31社と提携し、58店の販売店にて販売することを発表。
 

1999 12月 MicrosoftよりもIntelよりも高い株価を記録。

グラフィック性能を高速化し、フラットパネル・ディスプレー用の新デジタルインターフェースを搭載した『Power Mac G4』の新モデルを発表。
 

2000 2月 ワイヤレスネットワーク製品「AirMac」を発売。
3月 オンラインで配付されている「QuickTime 4.1」をCD-ROMに収録した「QuickTime 4.1 Installer CD-ROM」を販売すると発表。
 
6月 ニューヨーク発――ウェブのメディア・ストリーミング大手企業、米リアルネットワークスは12日(米国時間)、米アップルコンピュータとライセンス提携すると発表。
 
7月 ニューヨークのMACWORLD Expoで、マルチCPU機やiMac新モデル、新型キーボードと光学式マウスなど、各種の新製品を披露。
一方、Mac OS Xのパブリックベータは9月にずれ込む。
 
8月 Genentech(ジェネンテック)社会長兼CEO(最高経営責任者)のアーサー・D・レヴィンソン博士がアップルの取締役に就任。

大日本スクリーン製造株式会社とアップルのプロフェッショナル向けの製品に関して、販売提携を行うことを発表。
 
9月 新たなiBookラインを発表。
新色に加え、デジタルビデオ編集ソフト「iMovie 2」を標準搭載。

オンラインストア「Apple Store(アップルストア、http://www.apple.com/japanstore)」での利用を目的とし、Amazon.com(アマゾンドットコム)より「1-Click(ワンクリック)」の特許および商標のライセンスを受けたことを発表。
 
10月 カリフォルニア州クパティーノ−アップルはワールドワイドセールス担当上級副社長のミッチ・マンディッチが12月末日付でアップルを引退することを発表。

元アップル教育部門担当副社長、シェリル・ヴィドゥが、新たに創設されたポジション、エデュケーション・マーケティングおよびソリューション担当副社長としてアップルに再び入社することを発表。
 

2001 1月 デスクトップでDVDオーサリングを実現するiDVDとDVD Studio Proを発表。
 
2月 アップルのiTools、日本語でもサービスを開始。

アップル、CD-RWとiTunes搭載のPower Mac G4 Cubeを発表。
 
3月 幼稚園から高等学校までの学校や学校団体を対象としたWeb用生徒情報システムのリーディングプロバイダである非公開会社のPowerSchool(パワースクール)社を買収する計画であることを発表。

「Mac OS X(マックオーエステン)」を世界中の販売店において発売することを発表。
 
4月 QuickTime 5とQuickTime Streaming Server 3を発表。

幼稚園から高等学校までの教師のためのテクノロジーワークショップ「アップル・ティーチャーインスティテュート」をスタート。
 
5月 ロン・オカモト、アップルのデベロッパリレーションズ担当副社長に就任。
 
フルモデルチェンジしたiBookを発表。
 
6月 ジョン・ブランドン、アップルの米州諸国およびアジア太平洋担当副社長に就任。
 
新しいチャネルパートナー「Apple Solution Experts」を発表。
 
7月 Power Mac G4 Cubeの生産を休止。

新型Power Mac G4を発表。
 
8月 Apple Store、他社製品の販売を開始。
 
9月 Apple Expo 2001を中止。
 
10月 最高1,000曲の音楽をCD品質のままポケットに入れて持ち運べる約185グラムの超小型MP3プレーヤー「iPod(アイポッド)」を発表。
 

2002 1月 14インチ型iBookを発表。

iPhotoを発表。

フルモデルチェンジされた「iMac(アイマック)」を発表。フラットパネルデザインとG4プロセッサを標準装備。
 

                                                                                                  


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